南太平洋の真珠と呼ばれるバヌアツ。83もの島々が紺碧の海に散らばるこの国は、常に「もう一つの世界」への扉を開いている。
火山が生んだ大地はここで生き続けている。世界で最もアクセスしやすい活火山と言われるヤスール山では、赤い溶岩が絶え間なく空を焦がす。轟音と共に舞い上がる火の粉を眼下に眺めながら、地球の鼓動を足の裏で感じる体験は、他では味わえない。
珊瑚礁に囲まれたエファテ島のナンディ・ブルーホールでは、太陽光が水中林を透き通り、エメラルドグリーンの階層を作り出す。潮の満ち干によって表情を変える神秘的な泉は、地元民にとって大切な儀式の場でもある。
酋長制が今も生きる村落では、大地と海への畏敬が生活の隅々に息づく。サント島の伝統舞踏「サンドダンス」では、男たちが珊瑚砂の上で複雑なリズムを刻み、祖先から受け継がれた物語を身体で表現する。雨季の始まりを告げるヤムイモの収穫祭では、色とりどりの砂絵が広場いっぱいに描かれる。
この国を訪れるなら10月がおすすめだ。首都ポートビラでは独立記念日を祝うカヌーレースが開催され、手作り舟が伝統模様を纏って競い合う。ちょうどフルーツバットの季節も重なり、夕暮れ時には黒い羽ばたきが空を覆う圧巻の光景が見られる。
忘れてはならないのがナマリョールの「土地ダイビング」。35mのやぐらから蔓だけを足首に巻いて飛び降りる儀式は、西洋人によってバンジージャンプの原型となったが、本来はヤムイモの豊作を願う神聖な祈りだ。観光客向けにアレンジされたものとはいえ、命がけの跳躍から迸るエネルギーは胸を打つ。
料理のベースになるのはタロイモとココナッツ。浜辺で炊かれるラプラプ(食材をバナナの葉で蒸し焼きにする郷土料理)の香りは、浜風に乗ってどこまでも広がる。特にエロマンガ島特産のペッパーベリーを使ったココナッツクリームソースは、海の幸の味を格段に引き立てる。
しかし近年、サイクロンの大型化が深刻化している。2015年にペンテコスト島を襲ったサイクロン・パムでは、伝統的なナカマール(集会所)の9割が倒壊した。それでも人々は「タンブツ(先祖の知恵)」を手綱に、サンゴ石灰とヤシの葉を使った建築技法を若者へ伝え続けている。
潮風に揺れるフランジパニの花が教えてくれる。この国の真の豊かさは、GDPではなく、海と共生する知恵と、どんな災害でも再び立ち上がるレジリエンスにあるのだと。