南太平洋に浮かぶ島国バヌアツは、宝石のように散らばる83の島々からなる自然の楽園だ。青く輝く海、熱帯雨林に覆われた山々、そして活火山が立ち上る煙が、この国の雄大な風景を形作っている。観光客の間では「幸せの国」として知られ、常に世界幸福度ランキングの上位に名を連ねるこの土地には、現代社会が忘れかけた豊かさが息づいている。
バヌアツの文化は千年にわたるオーストロネシア系民族の伝統と、ヨーロッパ殖民の歴史が融合したユニークなものだ。各島々で話される100以上の現地語が多様性を物語り、砂浜で行われる伝統舞踊「ロンボ」のリズミカルな太鼓の音は、祖先から受け継がれた物語を現代に伝える。特にペントコスト島で行われるナゴール儀式では、木のつるだけで足首を縛り、30メートル以上の木の塔から飛び降りる勇壮な成人式が、観る者に深い衝撃を与える。
自然の驚異もこの国の魅力を彩る。タンナ島のヤスール火山は世界で最もアクセスしやすい活火山と言われ、赤く輝く溶岩を間近で体感できる稀有な場所だ。サント島のチャンプリーヴァー・ブルーホールでは、透明度抜群の海水中に広がる石灰岩の洞窟が、神秘的な青の世界を創り出す。また、第二次世界大戦中に沈んだ軍艦がサンゴ礁と一体化した「SSコリーン号」のダイビングスポットは、歴史と自然の共生を感じさせる。
しかし、この楽園も現代的な課題から免れない。気候変動による海面上昇は海岸部の集落を脅かし、サイクロンの頻発が農業に打撃を与える。都市と地方の経済格差は若者の島嶼間流出を加速させ、SNSの普及が伝統的な共同体内の関係性を変容させつつある。それでも人々は「ナカマル」と呼ばれる相互扶助システムを守り、収穫物の分かち合いや共同作業を通じてコミュニティの絆を維持している。
近年、日本との関わりも深まりつつある。水産資源調査の技術協力や、JICAによる防災支援プロジェクトが進む一方、日本人移住者がオーガニックコーヒー農園を開拓するなど、新たな交流のかたちが生まれている。バヌアツ政府が推進する「2020-2030持続可能な観光政策」には日本のエコツーリズムの知見が反映され、地元住民を主体とした観光モデルの構築が進む。
夕暮れ時のエファテ島では、漁師たちがカヌーを漕ぎながら伝統歌謡を響かせる。その声は潮風に乗り、赤く染まる水平線の彼方へ消えていく。文明のスピードに追い立てられる現代人にとって、バヌアツの時間の流れはあまりにもゆったりしているように感じられるかもしれない。だがこの島々で呼吸を合わせるうちに、月の満ち欠けと共に生きる本来のリズムが、少しずつ目覚めてくるのに気付くだろう。
